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最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)139号 判決

札幌市豊平区月寒東一条十八丁目五番一号

上告人

日糧製パン株式会社

右代表者代表取締役

武田正年

右訴訟代理人弁理士

佐藤英昭

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 清川佑弍

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(行ケ)第一二号審決取消請求事件について、同裁判所が平成七年三月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤英昭の上告理由について

記録によれば、上告人の本件訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達 裁判官 井嶋一友)

(平成七年(行ツ)第一三九号 上告人 日糧製パン株式会社)

上告代理人佐藤英昭の上告理由

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

一、原判決は、上告人がなした本件訴えは、被告適格を有しない者を被告とした不適法な訴えであり、被告とすべき者を誤った点につき重大な過失があるから、行政事件訴訟法第一五条第一項には該当しないものとして、本件訴えを却下したものである。

二、しかしながら、東京高等裁判所の民事受付の窓口においては、提出された訴状を点検し、不備な点や補正すべき箇所があれば、窓口においてこれを指摘し補正させることを通例とする。現に本件訴状においても、上告人(原告)の住所として支店のみ記載していたのを本店の住所も記載すること、支店の住所には「支配人を置いた営業所」を附記すること、請求の趣旨に特許庁の審判番号を記入することの三点を指摘され、窓口においてボールペンで右のとおり追加記入をして提出したものであるが、被告の欄については全然指摘がなかった。

三、その指摘がなかったということは、幾多の訴状を受付ける窓口においてさえも、被告の表示の誤りに気づかなかったということであって、多数の訴状を取扱っている窓口においてさえも気づかないことを、法律の専門家でもない弁理士が気づかなかったことは特に責められるべきことではなく、これをもって重大な過失があったとするのは余りにも酷であろう。

四、審決取消請求の訴は、特許庁のなした審決を取消すのであるから、その取消の相手方は一般通常的には審決をなした特許庁である。ただ無効審判等の事件の取消に限っては、被告を審判被請求人とするのが特許法第一七九条但書の規定であり、これは原則の例外的規定である。弁理士は、審決取消訴訟を手がけることは殆んどないことから、一般の通常の観念に従い、審決をなした特許庁(長官)を被告にしたのであって、そこに過失があったことは否定しないが、全然一般通常の範囲に属さない者を被告にした場合と異なり、単に原則と例外をとり違えたに過ぎず、特に重大な過失があるとまではいえないものである。行政事件においては、被告とすべき者を間違い易いことから、行政事件訴訟法第一五条第一項の規定が設けられたものであり、できるだけ事件当事者の救済をしようとするのがその立法趣旨にそうものと考える。

五、東京地方裁判所の民事受付の窓口において、行政事件の裁決取消請求の訴状について、被告の欄を追加補充させた例は現に存する。それは、原告を大格建設株式会社とし、被告を東京都知事として、被告のなした裁決を取り消す訴状を提出したところ、右窓口において、原処分庁である東京都港都税事務所長を被告に加えた方がよいと指摘され、ボールペンでこれを加えた例がある(東京地方裁判所平成六年(行ウ)第三一〇号、民事第三部)。このように民事受付窓口においては、訴状を点検して補正させているのであり、東京高裁の窓口が被告適格を指摘しなかったことは、その窓口さえもその誤りに気がつかなかったことの証左である。

六、訴状を提出してから二-三週間後、東京高裁第一三民事部書記官より、上告人代理人に電話があり、「この訴状は被告適格を誤っているから却下は免れない」との電話があったので、同代理人は、「被告の補正で何とか救われる道はないか」といったところ、同書記官は「裁判官にきいたところ、補正しても駄目とのことである」とのことだった。本来なら裁判所としては「行政事件訴訟法第一五条によって被告の補正の申立をしてみればどうか」と教示するのが親切な取扱いであるにも拘わらず、そのことも教えず頭から補正しても駄目ときめつけるのは、憲法上の裁判を受ける権利を無視した行為といわなければならない。上告人代理人は、特許法第一二三条にも気づかなかったくらいであるから、右行政事件訴訟法第一五条にも気づく筈はない。その存在を教えるのが裁判所の役目であろう。

七、事件の当事者は、弁護士を除き法律に精通しているものではない。従って裁判所は、できるだけ当事者救済の道を講じ裁判を受ける権利を擁護するのが国民に開かれた裁判所のとるべき態度である。この点につき今回の東京高裁第一三民事部のとった措置は余りにも官僚的であり、その判決は、上告人代理人の過失を「重大」ときめつけた点に行政事件訴訟法第一五条第一項の違背があり、その違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決はこの点において取消を免れないと思料する。

第二点 原判決は憲法違背がある。

一、憲法第三二条は「何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と規定する。この規定は、国民に裁判を受ける権利を保障すると共に、救済の方法があればできるだけ救済し、裁判を受けることができるようにすることも包含される。

二、上告人は被告適格を誤ったとされて本件訴えを却下され、審決取消の裁判を受ける権利を失わんとしている。しかし原判決は上告人代理人の過失ばかりをせめるのみで、原裁判所の窓口が気づかなかった過失、書記官が救済の方法がないかの如き言辞を弄した過失には全く顧慮していない。この両者に過失がなければ上告人の訴えは救済された筈である。してみれば救済の方法があればできるだけ救済し、裁判を受けることができるようにするとの憲法第三二条の趣旨に原審自ら違背しているのであるから、原判決はこの点においても取消を免れないと思料する。

以上

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